「他の料理は、でき次第お持ちします」
「うむ」
さっき、チーズと生ハムはすぐに出せるって言ってたでしょ?
だから給仕のお姉さんは、お皿にのっけたチーズと生ハム、それにその二つをのっけて食べるための薄く切った一口大のパンを持ってきてくれたんだ。
「ルディーン君も食べるだろう?」
「うん!」
みんなが採りやすいとこにお皿を置いても、僕はちっさいから手が届かないんだよね。
だからお爺さん司祭様が、僕の分だけ小皿に取り分けてくれたんだ。
だから僕、それを食べようとしたんだけど、
「あの、司祭様?」
そしたらニコラさんが、司祭様にまた質問をしたんだよね。
「どうかしたか?」
「えっと、これは何なのでしょう?」
でもね、それがこんなのだったもんだから、僕とお爺さん司祭様は二人して頭をこてんって倒したんだ。
だってさ、目の前にあるのはどう見てもチーズと生ハムなんだもん。
それでもね、ニコラさんが指さしてるのがさっき知らないって言ってた生ハムだったら解るんだよ?
でもニコラさんはオレンジっぽいのと白っぽいスライスされたチーズと、柔らかくって切ったとこが重さでちょっとぷくって膨らんでるチーズがのってるお皿の方を指さしてたからなんだ。
「何って、見ての通りチーズだが?」
「えっ? チーズって硬いものを削ったり、あぶりながら溶かして食べる物じゃないんですか?」
そんなニコラさんのお話を聞いて、僕とお爺さん司祭様はびっくり。
だってさ、そう言うチーズはお料理に使う物だから、お酒を飲む時に一緒に食べる事は無いでしょ?
だから僕もお爺さん司祭様も、ニコラさんたちがさっき知ってるって言ってたもんだから、こういうチーズの事を知らないなんて思ってもいなかったんだ。
「まさか、ここまで食文化が違うとは」
「あのね、ニコラさんが言ってるのはお料理にのっけるやつでしょ? これはそのまんま食べるチーズなんだよ」
グランリルの村には牛さんがいないからチーズは作ってないけど、いっつも牛乳を買いに行く村ではいろんなチーズを作ってるんだ。
だから僕もこのチーズは何度も食べた事があるから、ニコラさんに教えてあげたんだよね。
そしたらニコラさん、すっごくびっくりしたお顔になっちゃんた。
「そのまま食べるチーズ……そんなものがあったんですね」
「ふむ。その様子だと本当に知らぬようだな。それほど珍しいものではないと思うのだが」
「少なくとも私たちが育った村や、冒険者が使う宿では見た事がありません」
ニコラさんたちが住んでた村はね、畑があるだけで牛さんとかは飼ってなかったんだって。
だからお料理に使うチーズも、イーノックカウに出てくるまでは知らなかったって言うんだよ。
「でも、こんなところで出されるものなんだから、もしかしてこれもすごく高いとか?」
「ううん。ニコラさんが言ってるチーズとあんまり変わんないよ」
ニコラさんがさっき食堂の中を見た時と同じようなお顔になってたもんだから、僕はそんなに高くないよって教えてあげたんだ。
だってさ、ここだとどれくらいするのか知らないけど、村ではかったいチーズと柔らかいチーズ、両方ともおんなじくらい食べるもん。
もしこの柔らかい方がすっごく高かったら、うちでだってそんなに食べないはずだもんね。
「うむ。わしも値段の事はよく解らぬが、その差を気にするほど大きな違いは無いであろうな」
それにね、お爺さん司祭様もあんまり変わんないよって言ったもんだから、それを聞いたニコラさんはやっと安心したみたい。
「それなら食べても大丈夫ですね」
そう言って手に持ったフォークをオレンジっぽいチーズに伸ばそうとしたんだけど、
「なにこれ! 柔らかい!」
そしたらそのすぐ横でアマリアさんがすっごくおっきな声でこんなこと言ったもんだから、びっくりしてそっちを見たんだよね。
「どうしたのよ、急にそんな大声を出して」
今は他にだぁれもいないからいいけど、もし他にお客さんがいたらびっくりしちゃうでしょ?
だからニコラさんはおっきな声を出しちゃダメって叱ったんだけど、そしたらアマリアさんが理由を教えてくれたんだ。
「だってこれ、干し肉だって言ってたのに、すっごく柔らかかったから……。それに塩辛くもないし……」
「干し肉が柔らかい? 見た感じ薄く切ってあるから、柔らかく感じたんじゃないの?」
「その程度の違いじゃないのよ。それにこれ、こんなの食べた事ないってくらい美味しいのよ」
それを聞いたニコラさんは、チーズに伸ばしかけてたフォークを生ハムの方に向けて、一枚とってそのままパクリ。
そしたらお目めをすっごくおっきく開いて、今までで一番びっくりしたお顔になっちゃったんだよ。
「ほら。干し肉なんかとは全然違うでしょ?」
アマリアさんがそう言うと、ニコラさんはちょっとの間お口をもぐもぐさせた後、生ハムをごくんって飲み込んでから頷いたんだ。
「うん。表面がつるつるしてるし、干し肉みたいに裂けるんじゃなくって、焼いた肉を食べた時みたいにちゃんとかみ切れる。でも焼いた肉とは全然違う味で……」
すっごくおいしかったのか、そう言いながらもう一枚生ハムを取ろうとしたんだけど、もうちょっとでフォークがお皿に届くってところで何でか手が止まったんだよ。
でね、そのまんまの格好で、顔だけがギギギギって音が鳴りそうな感じの動きでお爺さん司祭様の方を向いたんだ。
「あの、司祭様。これ、もしかして物凄く高いんじゃ?」
「ん? これか。確かにチーズよりは高いが、しょせんは酒のあてだ。それにな、確かに干し肉とはかなり違うものに思えるかもしれぬが、違いと言えば切り取った肉を使うかももの肉をそのまま使うかの違いだけで塩に漬け込み、それを洗って乾燥させているという点では同じなのだ。村で作られているものそうであろう? ルディーン君」」
「うん! 僕も前にお手伝いした事あるけど、桃のお肉をいっぱいのお塩ん中に入れて置いといて、寒くなるころにそれを出して洗ってから乾燥させる小屋に吊るして作るんだよ」
干し肉の作り方は知らないけど、生ハムの作り方はお手伝いしたことがあるから知ってるんだよね。
僕んちだとね、寒くなるちょっと前に獲ってきたブラックボアのもものお肉をお父さんが一生懸命もんで血抜きをしてね、それをいっぱいお塩が入った箱の中に埋めるんだ。
でね、寒くなって来たなぁって頃に取り出してお水で洗ってからよくふいて、村にあるハムを作る小屋の僕んちの場所に吊り下げとくんだよ。
そしたら寒い内に乾燥して悪くならなくなるから、後はそこにずっと吊り下げとけばだんだんおいしくなるんだって。
だから僕んちはね、3年くらい吊るしたやつを食べるんだ。
「でも、これだけ味が違うのだから……」
「多少の手間はかかっておるかのぉ、確かに干し肉よりは上等ではある、だがこのワイン一杯でその生ハムが2〜3枚くらいは帰る程度の値でしかない。そのように食べるのを躊躇するほどではないから安心せい」
「そうだよ。僕んちでも作ってるってさっき言ったでしょ? 村だとどこのお家でも作ってるくらいだから、そんなに高くないはずだよ」
「そっ、そうね。私の村では見た事が無かったけど、ルディーン君の住んでいる村ではどこの家でも作っているというのならそれほど高いものじゃないのかも」
僕がどのお家でも作ってるんだよって教えてあげたもんだから、ニコラさんはやっと安心してくれたみたい。
止まってたフォークで生ハムを取ると、
「ああ、やっぱりおいしい」
そう言って幸せそうに生ハムを食べたんだ。
神様目線&後書きを読んでいる読者様は解っていると思いますが、この生ハムも当然一枚だけで先日までニコラさんたちが泊まっていた宿代を上回ります。
それにルディーン君の村ではどこの家でも作っていると聞いて安心してますが、これがもしブラックボアの肉で作っていると聞いたらきっと一気に血の気が引く事でしょう。
ブラックボアの肉、ルディーン君ちでは普通に食べてますけど、イーノックカウではかなりの高額で取引されてますからね。
それとグランリルではどの家でも作られていますが、これって腐りにくい魔物の肉を使っているからなんですよ。
なので豚の肉で作るのならしっかりと温度と湿度を管理しやすい場所でしか作れませんし、熟成させる前には燻製したり表面に油を塗って空気が直接肉に当たらないようにしたりしなくてはいけません。
まぁそこまで手間をかけても、グランリルの村の一般家庭で作られている生ハムの方がはるかに美味しいんですけどね。
それをもしイーノックカウに持ち込んだら、どれくらいの価値になるんだろう?w